森の声を聴く #03 トリカブト

文・写真:萩原寛暢 編集:MKTマガジン 

森の声を聞き、人間の言葉にして伝えてくれるインタープリタ―(通訳者)の萩原寛暢(通称ハギー)さんによる連載。MKTやその周辺の植物を中心に、それらにまつわる土地や動物など、トレイルの傍らにひっそりと強く生きるものたちが放つメッセージやストーリーを拾い上げ、ハギーさんの想いと共に、優しく、丁寧に解説していきます。

こんにちは。自然ガイドの萩原寛暢(はぎわらひろのぶ)です。トレイルハイクの景色がより彩り豊かになるよう、トレイル沿いで観察できる自然の営みにスポットを当てていくこの企画。

今回ご紹介するのは、毒草として超有名なトリカブト。


お盆が過ぎて徐々に涼しくなってきた頃に見かけるようになる花で、この花をみると「あ、秋がはじまったんだな」と、はっと季節の進みを実感する植物でもあります。濃い紫色がよく目立つ花なので、トレイルハイク中にも目にすることが多いのではないかと思います。

秋がはじまります

ご存知の方も多いとは思いますが、北海道は夏休みが短く(その分冬休みが長いのです)、ここ弟子屈町内では、お盆休みが過ぎて8月20日前後の弟子屈神社祭が終わると、学校は2学期が始まります。この頃になると、朝晩の気温がグッと下がり、なんだかちょっと周囲の森の緑色も淡くなってきたような気もしてきます。

全国ニュースで見かける残暑の話題は、本当に同じ国内なんだろうかと思ってしまうほどに涼しく(寒く?)なりますし、低気圧の通過などちょっとした嵐の後には、厄介だったアブも一気に少なくなりますので、8月末から9月にかけては気持ちよく登山やトレイルハイクが楽しめますよ!と声を大にして皆さんにアピールしたい時期です。

ただ、日によって寒暖の差が激しいのもこの季節ですので、トレイルハイクを計画している方は、油断のない服装の準備をお勧めします。※「MKTの歩き方」を参照

植物界の超有名人?

「トリカブト」とひとくくりに呼ばれてしまうことがことが多い植物だと思いますが、「〇〇トリカブト」「〇〇ブシ」「〇〇レイジンソウ」など、道内だけでなく日本国内にトリカブトの仲間は約30種あるとされています。

古くから「附子(ぶし)」と称して漢方で用いられ、日本三大有毒植物とも言われるように、死に至らしめるほどの毒性は怪談や狂言、ミステリー小説などの作品中にも登場しますし、最近でもアイヌ文化が紹介されている某漫画でも狩猟の毒矢に使用されている描写もあります(アイヌ語では「スルク」と呼ばれています)。

さらには、実際に悪用されてしまった事件や、他の山菜と間違われた誤食事故もあります。修学旅行の高校生相手でも、ガイド中にその名を出せば「おーこれが!」と反応があるくらいに抜群の知名度を誇っているように感じています。

毒性についてはネットで簡単に調べることができてしまうため、言わずもがなな部分もありますので、ここでは割愛させていただきます。皆さんはくれぐれも悪用しないでくださいね!

MKTで見られるトリカブト

トリカブトはキンポウゲ科で、多年草の中の疑似一年草とされています。茎の長さは70~200㎝と多様で「形態的変異がいちじるしい」とされています。

私が担当するマガジン全体を通してのテーマが「割とその辺で見られる」植物の話題であるように、このトリカブトもMKTを歩いていると、道端で簡単に見つけることができる花です。

弟子屈町内に自生するのは、弟子屈町史の植物リストを参考にすると「エゾトリカブト」と「オオレイジンソウ」の2種となっています。

レイジンソウは、花の色はクリーム色ですし今回のテーマである秋には既にお花は終わっているので紹介は省かせてもらいます。ただ、町史に記載はありませんが、もう1種、道東・道北で湿原周辺や原野に生育するとされる「カラフトブシ」も混じっているような気がしており、私の中ではエゾトリカブトなのかカラフトブシなのかは未解決の案件です…。

・エゾトリカブト➡️林内や林縁で茎が弓なりに曲がる
・カラフトブシ➡️草原で茎が直立する

というような区別が示されている記述を見ることもあり、確かに茎が横にビヨーンと伸びている(弓なりに曲がっている)個体もみるし、スッとまっすぐに立っている感じの個体も見かけるのですが、葉を見るとどれもエゾトリカブトの特徴に見えて判別がつかないこともあるし、仕舞いには前述のように「形態的変異がいちじるしい」などと図鑑には書かれている始末で、もう何が何だかよく分からないというのが正直なところです(苦笑)

ここではトリカブト=エゾトリカブトということで扱わせていただきますね…。

横にビヨーンと伸びる個体、花も白っぽいですね。2018.9.16和琴半島にて撮影
こちらはスッと直立する個体。2022.8.6美留和にて撮影

見つけたら近くで観察してみよう

トリカブトは、目を引く濃紫色とその特徴的な形で、「あーはいはい、これはトリカブトだよね」とパッとみて他の種類と区別がつく植物なので、しっかり観察して細部まで見られていないのではないかと感じています。ぜひこれを機会にじっくりと花の観察をしてみませんか?

トリカブトは、花の形が『雅楽(※1)で頭に被る装飾品の鳥兜(とりかぶと)』や、『ニワトリの「とさか」に似ていること』からその名が付いたともいわれています。英名ではmonks-hood(僧侶のフード)と、どちらも頭にかぶるものに例えているのは面白いところです。

※1 雅楽:日本固有の歌舞と大陸から伝わった音楽文化が融合してできた古典音楽。

2021.8.20摩周岳にて撮影

そして、濃紫色の「花」とみられている部分は、厳密には「がく(萼)」にあたる部分なのです。てっぺんのフードに見立てられている「上がく片」、サイド2枚の「側がく片」、下に伸びる2枚「下がく片」の、計5枚のがく片で構成されています。
これらがく片の真ん中にもしゃもしゃ見えているのが無数の雄しべ、雄しべの中心には3個の雌しべがあり、花の時期には目立ちませんが、結実した時にはこの部分が残っているのが分かります。

結実したトリカブトの雌しべ

この「形」に秘められたトリカブトの戦略

この独特の形をした5枚のがく片は、受粉に一役買ってくれるマルハナバチが蜜を求めて花の中に止まりやすいように上手く作られています。

実際にトリカブトの花を見つけた時には、ハチもセットでいる場合が多いように感じています。もしハチも一緒に見つけたとしても、マルハナバチ類は積極的に人に攻撃をしてこないので、間近で観察していても大丈夫ですよ。

花に頭を突っ込むマルハナバチの仲間。花に夢中でこちらのことは気にしていない様子。

では、お目当てにしている花の蜜がどこにあるかというと、てっぺんのフードに守られている2枚、というか2個の花弁(蜜弁とも)が隠されているのです。花を下から覗き込んでみると、縦に伸びる2本の筋が見えると思います。

これは花弁の柄の部分。この奥に蜜があるので、マルハナバチは側がく片に包み込まれるように、もぞもぞと頭を突っ込んで蜜を採取するわけですが、雄しべの花粉をたっぷりと身体に付けて、中央の雌しべに受粉させないと蜜は採れない構造になっています。

中央には無数の雄しべと、中心にみえる薄緑色の3本が雌しべです。

花弁の本体(身部)は、野外ではなかなか分かりにくいと思いますので、自宅近くで摘んできた花を使わせてもらって、ちょっとバラしてみました。

余談ですが、写真を撮るために室内で、がく片をばらしてみたわけですが、花から独特のモワっとした不快な匂いがあり、野外では感じたことがなかったので発見でした。バラしたり、嗅いでみるのはちょっとお勧めできません。

花を覗き込んだ時に見えた花弁の柄の部分の奥には、こんなものが隠されていたのです。これが花弁なのかと思ってしまいますよね。くるっと丸まった「距(きょ)」という部分に蜜が隠されているのは、エゾエンゴサクやスミレと同じような形態でしょうか。

エゾエンゴサクには、外来のセイヨウオオマルハナバチによって、距の部分の外側から蜜を抜き取られる「盗蜜」という被害が知られていますが、その点トリカブトは上がく片でガードしているので、しっかり花粉をまとって花に頭をつっこまないと蜜がとれないという、つくづく良く出来た構造になっているのだなと感心してしまいます。やるなトリカブト!

エゾエンゴサクから「盗蜜」するセイヨウオオマルハナバチ。2023.4.29東川町にて撮影

まとめ

トリカブトは、私の娘が生まれた頃にちょうど咲いていた花で、その時に目に留まった美しいモノにちなんで名前を付けようとか考えていたのですが、季節的には濃紫色がとても美しいトリカブトがやたらと目に留まってしまい、紫?毒?トリカブ子??とか考えているうちに全然関係ない名前に落ち着いた…という個人的にとても印象に残っている植物です。

そう思うと、この原稿を書いている2023年8月上旬は、娘が生まれた頃よりトリカブトの花が見られるのが、ずいぶんと早いなぁと感じています。今年は雪解けが早かったり、暑い日が続いていた影響もあるのでしょうか。

涼しいはずの道東でも暑さが続く今年の夏シーズンですが、トリカブトの花を見つけて、夏から秋へと季節の進み具合にぐっと背中を押された気持ちになっています。涼やかな秋のトレイルハイクもぜひ楽しんでみてください。

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Writer

萩原 寛暢(はぎわら ひろのぶ)

1979年、北海道旭川市生まれ。山岳部出身の父親のもと、豊かな自然と父コレクションの地形図に囲まれた生活環境で育つ。自身の意志とは関係なく山に連れていかれた幼少期から、少々山が嫌いになるものの、高校時代の恩師との出会いから地理の教員を志し、大学では地理学を専攻。かつて嫌いになりかけていた山と地図読みの日々を、今度は自主的に行うことになる。

フィールドワーク中心の大学時代「人と自然の接点」について考え、疑問をもつようになる。同時期にある本に出会い「自然のことを通訳して人との接点をつくる=“インタープリター”」という仕事を知る。このことをきっかけに進路を大きく変更することとなる。

大学卒業後、いくつかのガイド会社で経験を積んだ後、国立公園のビジターセンター勤務、旅行会社でのガイド・着地型観光商品開発などを経て、一念発起してフリーランスとして独立。現在はフリーランスでの自然ガイドの他、地域の子ども向けに木育・自然体験活動の企画運営を行う「てしかが自然学校」を運営する。さらに家庭では2女の父として、娘からの塩対応に日々悩みながらも家事に奮闘する主夫でもある。

北海道知事認定 北海道マスターガイド(自然)
北海道認定 木育マイスター
弟子屈町議会議員

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