カムイイピㇼマ 〜カムイが教えてくれること〜 #02 地名につくカムイ

文:斎藤敬子  写真:斎藤敬子、國分知貴、国立国会図書館デジタルコレクション  編集:MKTマガジン

屈斜路コタンに暮らし、屈斜路をこよなく愛する斎藤敬子さんによる「カムイ」にまつわるエッセイ。カムイとはアイヌ語で「神」を意味します。アイヌの人々は、あらゆるものに「魂」が宿っていると考え、例えば植物、動物、火、水、道具でさえ、それらすべてがカムイ(神)なのです。感謝、共存、共生。アイヌの精神世界には、現代を生きる我々にとって忘れてはならない大切なことが詰まっているように思います。今回の記事は「地名につくカムイ」。なぜ地名に「カムイ」がついているのか。そしてそこにはどのような意味が込められているのでしょうか。敬子さんが綴るカムイの物語にどっぷりと浸ってください。

北海道内の地名、約8割はアイヌ語由来

私は、地名フェチでもあります。小学生のころは、ヒマさえあれば地図帳や地球儀を眺め続けていました。そんな私が夢中になった場所といったら、なんといっても北海道と沖縄です。どちらの島も、簡単には読めない地名のメジロ押しでワクワクが止まらない。身体的に暑さが苦手なので、興味は圧倒的に北へ向かいました。

現在においても、北海道内の地名の約8割はアイヌ語に由来しているといわれます。北海道外から来られる方々が触れる機会の多いアイヌ語は、やはり地名からでしょう。シリーズ第1回でもお伝えしたように、アイヌ語にはもともと文字がなく、ローマ字表記からの漢字当てはめが行われた結果、「なんだってこの漢字を使ったのだ?」とツッコミを入れたくなるような難解地名があふれ出ることになってしまったのだろう…と推察します。

山音文学会既刊の赤木三兵著、昭和46年に出版された本。アイヌ語地名解の『北海道 地名の旅』。アイヌが名付けた約1200もの北海道の地名が収録されている。ヒシガタ文庫さんなどで購入可能(2023年5月現在)。先人とその歴史に思いを馳せながら北海道を楽しめるオススメの一冊。

弟子屈町名由来の真実

基本情報ですが、摩周・屈斜路トレイルって何という町にあるかご存じでしょうか? 私も暮らしている町「弟子屈」は、使用漢字こそ易しめですが読み方クイズに出題される傾向が強めの一つ。

弟子屈町のカントリーサイン。摩周湖と“町の鳥”に制定されているオオハクチョウ。ちなみにオオハクチョウがよく見られるのは屈斜路湖。オオハクチョウがなぜ町の鳥なのかというと「屈斜路湖と釧路川で町民と厳しい冬をともに過ごしている」ということから。

「テシカガ」といいます。町民だったら誰に尋ねても、「アイヌ語で“岩盤の上”という意味だったはず」みたいに応えてくれると思われます(きっと)。町の公式ホームページではこう紹介されています。<「テシカ」とはアイヌ語で「岩磐」(←こう記載されているのでママ載せます)、「ガ」は「上」という意味です>と(2023年5月現在)ー。私はかねてから、「いやいやちょっと待ってよ、肝心なポイントがバッサリ抜け落ちてるじゃん」と言い続けてはいるのですが、まあ「この説明では物足りない運動を展開中」ぐらいにしておきましょうか。

道北に天塩(テシオ)という地名があります。テシカガと同じく、テシはテㇱが由来とされます。「網を連ねたようなもの/魚をとるための梁(※1)」を意味するアイヌ語といわれています。地名として残っているテㇱの多くは、「岩盤が川を横断して“梁のような形状をしているところ”」と伝えられています。つまり、「梁」という言葉が説明に入っていなければ、テㇱというアイヌ語が持つ本来の意味が失われているじゃないか!と私は思っているのです。賛同してくださる方は、ぜひ「弟子屈町名由来の真実!」として広めていただければうれしいです。

※1 梁(やな): 川の中に木や竹などを並べて水をせきとめ、魚などを捕らえるしかけのこと。

地名につくカムイ

前置きがだいぶ長くなりましたが、今回は地名に付くカムイについてお話ししていきます。大雪山・カムイミンタㇻが有名でしょうか。旭川市には神居古潭(カムイコタン)という地名が残っています。知床半島にはカムイワッカの滝があり、積丹半島の先端は神居(カムイ)岬です。そしてトレイルの名前にも付けられており、わが弟子屈町が誇る摩周湖はアイヌ語でカムイトー、展望台から見て正面にそびえる摩周岳はカムイヌプリと呼ばれます。

摩周湖第一展望台からの日の出の様子。朝日を受けるカムイトー(摩周湖)。右側の尖った部分がカムイヌプリ(摩周岳)

カムイトーで噂に違わぬ絶景を目にすれば、「なるほど神々も見惚れる美しさだ」と感じるでしょうし、花々が咲き乱れるカムイミンタㇻ(「神々が遊ぶ庭」を意味するアイヌ語)に足を踏み入れれば、「確かに、神々も楽しく走り回りそう」なーんて思うかもしれません。まだ行ったことはないけど(そもそも行けるかわからないけど)、おそらく天国ってきっとこんな雰囲気のステキな場所…みたいな。が!本来の意味は真逆なくらい、違います。地名に付けられたカムイとは、「神」とともに「魔」の存在を含んでいるとされます。畏れ多く、聖なる、祈りを捧げるような場所なのです。

では、それぞれ少し踏み込んで解説したいと思います。

カムイの地に共通するのは「畏怖の念」

旭川市の「神居古潭(カムイコタン)」。その場所は石狩川が山を突っ切って流れる川幅の狭い急流ポイントにあります。川交通の難所だったと思われます。アイヌ語で“神々の住む集落”を意味する神居古潭は、魔神が住んでいると考えたのでしょう。

松浦武四郎(※2)『石狩日誌』に描かれた旭川のカムイコタン(国立国会図書館デジタルコレクションより)。ここで意味することは天国のことではなく、人間をもてあそぶ「魔神」のことをさす。武四郎は、上川アイヌの長から、魔神と正義の神の戦いの話を聞き取っているそうだ。

「カムイワッカ」。これは“神の水”を意味するアイヌ語ですが、この滝の水は知床硫黄山から流れ出る硫化水素が多く含まれていて、ヒトが飲めるものではありません。ヒトが飲む水ではなくて、魔神が飲むための水といったところでしょうか。

積丹半島にある「神居岬」。ここの沖合は海の難所とされているそうです。日本海を北上する暖流とオホーツク海から南下する寒流が交わるところで海が荒れやすいのだとか。命がけで行き来していた人たちは、魔神の存在を感じていたのかもしれません。

そして最後に「カムイミンタㇻ」や「カムイトー」「カムイヌプリ」について。これらに共通しているのは、もともとヒトを容易に寄せ付けないような、うっそうとした原生林が生い茂る山奥にあった場所、ということです。ここでのカムイとは、キムンカムイ(山の神=ヒグマ)をも表しているのです。ヒグマたちが安心して暮らせるようなところは、むやみにヒトが入ってはいけないところです。

カムイヌプリ(摩周岳)の頂上より爆裂火口を望む。ここに立つと、美しさの中にある怖さや畏れを、誰しもが感じることだろう。

つまり畏怖の念をもって、「カムイの領域に入らせていただく」覚悟が必要なのです。そういうところだったからこそ、現在も比較的、自然環境が保たれているように見えるのです。摩周湖や摩周岳には、キムタアンカムイトー(深山にある湖)やキムタアンカムイヌプリ(深山のさらに奥にある山)という別のアイヌ語名も伝えられています。かつて狩猟採集が生活の基盤だったアイヌにとって、山は登るのが目的ではなく、命の糧を得るために必要不可欠な場所だったのです。

余談ですが、狩猟はやらない私のパートナーも、整備された道のある山には興味がありません。もっぱら、ササ漕ぎしながら道なき道をゆく先に目的のある(山菜やキノコなど)山歩きです。GPSを持たなくても、なぜかスタート地点に戻って来られます。方向感覚が皆無な私は、絶対に山の中ではケンカをしないように心がけています。

※2 松浦武四郎(まつうらたけしろう):江戸時代末期〜明治初期に活躍した、三重県松阪市出身の探検家、地誌学者、作家。アイヌの人たちからの協力を得ながら計6度にわたって北海道(蝦夷地)を探検し、詳細の解明に貢献した人物。北海道の名付け親。

摩周湖カムイテラスで感じてほしいこと

2022年夏、摩周湖第一展望台にあるレストハウスが、「摩周湖カムイテラス」に名称変更しました。とても覚えていただきやすい名称になったと思う反面、本当の気持ちをあえて申し上げるならば、私はこの名称に違和感を感じています。アイヌ語でコンラㇺキピㇷ゚キピㇷ゚(心がざわざわする)という表現を思い出しました。

本来、畏怖の念を抱きヒトを寄せ付けないような場所の表現として用いられてきた「カムイ」と、ヒトを呼び込みたい場所である「テラス」という言葉が一体化した名称だということです。

しかし、この名称になったことで、多くの方に「カムイ」の言葉にある本当の意味や、地名として名付けられた背景を知っていただく良い機会になるかもしれません。どうか、カムイテラスを訪れた皆様に、この土地に「カムイ」の名をつけた先人達の想いが届きますように。そして摩周屈斜路トレイルは、この摩周湖カムイテラスが基点となっています。一期一会の絶景とカムイへの想いを心に刻んで、どうぞ歩き始めてください。ここはそういう場所なのです。

摩周湖カムイテラスに設置している摩周・屈斜路トレイルの起点。

最後に。今回のおススメ本として、馳星周(※3)・著『神−カムイ−の涙』(実業之日本社)をご紹介します。

屈斜路湖畔に住むアイヌの木彫り作家・平野敬蔵と中学3年の孫娘・悠の家に、尾崎と名乗る若い男が訪ねてくる。自然を尊んで生きる敬蔵、アイヌから逃げ出したい悠、自らの原点を探す尾崎。故郷とは、家族とは、今を生きることとは…さまざまな葛藤を抱える現代人に贈る、感動のヒューマンドラマ(帯文より)。

主人公の名前が“敬”蔵であったり、尾崎が私のかつての勤務先である川湯エコミュージアムセンター(現在の川湯ビジターセンター)で働き始めたり、トレイル沿いのスポットがたくさん登場します。川湯温泉街の居酒屋で、馳さんと一緒に食事をしながらおしゃべりしただけでも楽しかったのですが、「モデルにしてもらった!」と勝手に自慢しています。キーワードとして、「アイヌ神謡集」(※4)も関わっています。ちょっと厚めの500グラム超えなので、歩く前に目を通してイメージトレーニングに役立てていただくのが良いかも。ぜひ。

馳星周・著『神−カムイ−の涙』(実業之日本社)摩周湖カムイテラスにて。

※3 馳星周(はせ せいしゅう):小説家。1996年「不夜城」でデビュー。自身も新宿・歌舞伎町での時間を過ごした後、軽井沢へ移住。写真と自然と犬との暮らしを通して価値観の変化を実感する。北海道で生まれたからには、いつかアイヌをテーマにした作品を書きたいという思いをカタチにしたのが、2017年に出版した「神−カムイ−の涙」で、作家生活30周年記念本でもある。2020年、「少年と犬」で直木三十五賞受賞。

※4 アイヌ神謡集:アイヌ民族のあいだで口伝えに謡い継がれてきたユカㇻ(神謡)の中から13編を選び、文字がなかったアイヌの言葉をローマ字で音を起し、日本語訳を付して編んだ一冊。知里幸惠というわずか19歳の少女が遺した秀作。前回記事の「そもそもカムイとは?」にて詳しく触れています。

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Writer

斎藤 敬子(さいとう けいこ)

埼玉県生まれ。2007年にオリジナルデザイン&ハンドメイドのアイヌ民芸品制作・販売を手がける「Kussharo Factory」を開設、布製品を担当する。伝統美を意識しつつ、自然界の中から得たインスピレーションをアイヌ文様で表現することを楽しみながら、手仕事に励む毎日。作り手としてだけでなく、屈斜路アイヌの精神や文化を情報発信(広報活動)することにも力を入れている。

北海道やアイヌ民族への興味は幼少期へ遡る。旅行会社を営む父親から北海道とアイヌ民族の話を聞いたことが初めのきっかけ(異なる民族がいることを初めて知る)。ある日の学校のテスト「日本は単一民族国家か複合民族国家か」の問いに、後者で答えた際、クラスで唯一間違いとされた悔しい記憶が刻まれる。「父親から聞いていたことは間違いなのか?」このことをきっかけに北海道とアイヌ民族への関心がさらに強くなる。

「いつか自分の稼ぎで北海道へ行くぞ!」そう決意しつつ、熱狂的ジャイアンツファンの少女時代を過ごし、その勢いでスポーツ記者を志望。なんとか新聞社にもぐりこんだものの、希望は大幅に逸れてサッカー関連の業務につくが、結果それも楽しく仕事に没頭。そして、休日となれば北海道に一人旅へ。仕事と北海道旅行の充実した日々を送る。

北海道という地へ導いてくれた父親が他界したのをきっかけに、自身の人生を見つめ直す中、移住を決意する。屈斜路湖畔で暮らし始めてから、勤め先の縁で、木彫り実演をする一人のアイヌと出会い、やがてパートナーとなる。彼の暮らしと彼の取り巻く環境に、幼少期の原体験が結びつく。その世界に魅せられ現在の活動に至る。

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