森の声を聴く #01 エンレイソウ

文・写真:萩原寛暢 編集:MKTマガジン 

森の声を聞き、人間の言葉にして伝えてくれるインタープリター(通訳者)の萩原寛暢(通称ハギー)さんによる連載。MKTやその周辺の植物を中心に、それらにまつわる土地や動物など、トレイルの傍らにひっそりと強く生きるものたちが放つメッセージやストーリーを拾い上げ、ハギーさんの想いと共に、優しく、丁寧に解説していきます。

こんにちは。自然ガイドの萩原寛暢(はぎわらひろのぶ)です。トレイルハイクの景色がより彩り豊かになるよう、トレイル沿いで観察できる自然の営みにスポットを当てていくこの企画。

初投稿となる今回ご紹介するのは、春を代表する花であるエンレイソウの仲間たち。足もとに咲く早春の花の中でも、MKTのエリアで見られるエンレイソウの仲間は、真っ白で大きい花弁が良く目立ちます。道内でも観察スポットとして紹介されている群落があるように、とても人気のある花ですが、道端の何気ないところでも目にすることもあります。そして、その中には弟子屈町で発見された地域の固有種「カワユエンレイソウ」が混じっていることも。どなたにでも見つけられるように、ちょっとしたポイントをお話ししていきます。

早春の妖精たち〜スプリング・エフェメラル〜

厳しい冬と言われる北海道でも、2月下旬にもなれば、気温は低くとも陽射しは強くなり、野鳥も盛んにさえずり始めるようになるので、徐々に春の訪れを感じるようになってくるものです。4月に入る頃からはフクジュソウを筆頭に、地面からは早春の花たちが顔を出し始めます。これら足元のお花たちは「スプリング・エフェメラル」とも呼ばれ、春を鮮やかに彩ってくれます。

スプリング・エフェメラルは、春の妖精というように可愛らしく表現されていますが、樹木の葉が茂って林床が日陰になってしまう夏の前に花を咲かせる作戦で、結実したり地下に栄養を蓄えたりというグリーンシーズンの役目をさっさと済ませてしまおうという思い切りの良い植物たちです。早めに勝負をかけて済ませられるなんて、何事も(この原稿も)締切間際になってから慌てる自分にとっては、見習いたい姿勢の花たちです。

さて、このスプリング・エフェメラルの終盤、日本でも最後にやってくる桜前線が通過した5月中旬~下旬になると、エンレイソウの白いお花が、林床で群落となっていたり、道端で咲いていたりするのを見かけるようになります。

エンレイソウ群生

エンレイソウって?

エンレイソウの仲間は、少し前に発行された図鑑を見るとユリ科に分類されていましたが、今はシュロソウ科(カッコして”ユリ科”と記載されている場合も)。その中のエンレイソウ属の多年草です。日本国内では北海道と東北の一部に分布する北方系の植物で、全9種が北海道内に自生しています。MKTがある弟子屈町のエリアで観察できるエンレイソウの仲間は主に3種。オオバナノエンレイソウ、ミヤマエンレイソウ、そしてカワユエンレイソウです。

エンレイソウの特徴は「3」。近くで観察をしてみると、花弁・がく片・葉が3枚、花の中央にある雌しべも3本…といった具合に、全てが3つもしくは3の倍数になっています。さらに学名はTrillium(トリリウム)。そう、トリプルの“トリ(tri)”というわけなのです。

その中でも、大きく白い花弁を持つオオバナノエンレイソウは、北海道大学のシンボルマーク(※1)にもなっているように、北海道を象徴する野の花とも言えるのがエンレイソウの仲間です。
※1 北海道大学のシンボルマーク:大学構内に自生するエンレイソウがシンボルマークになっている。詳しくはコチラ

オオバナノエンレイソウ

弟子屈の固有種カワユエンレイソウ

MKTで見られる3種の一つ、カワユエンレイソウの“カワユ”は、ルート途中にある川湯温泉のこと。

もともと群落となって咲いていたのは知られていたようですが、1996年に新種として発表された、この地域の固有種です。由来が明らかになっていない部分もあるようですが、オオバナノエンレイソウ、ミヤマエンレイソウとの雑種とされ、3種ともに同じエリアで観察することができます。MKT沿いに大きな群落はありませんが、開花時期にはちょっとした道端にエンレイソウを見つけることができますので、目にした時にはちょっと足を止めて観察することをお勧めします。

道内9種のうち3種までは絞り込めているとはいえ、「むむ、こちらはどなた?」となる方も多いので、見分け方についても触れておきましょう。

※阿寒摩周国立公園の指定植物であり、環境省レッドリストでは「絶滅危惧IB類(EN)」です。当然のことですが、観察の際には摘み取ったり、踏み荒らしたりしないように十分な配慮をお願いします。

覚えると楽しい!エンレイソウの見分け方

ネットや図鑑にも見分け方は載っており、ご自身で調べることも可能です。細かく確認するポイントはいくつかあるのですが、ガイド中に図鑑通りに解説して、お客様の頭から「???」を出させてしまった経験があるので(苦笑)、ここはシンプルにお伝えしようと思います。MKT沿いで見られる3種に限って言えば、ズバリ次の図のとおり!

エンレイソウの見分け方

かなり大胆な見分け方を提案しており、詳しい方からはお叱りの言葉をいただいてしまいそうですが、ここの3種だけなら、まずこのポイントで十分なのではないかと思います。

オオバナは、まるで「見て!見て!」とアピールしているかのように花が上を向いています。ミヤマとカワユは、うつむき加減で横を向いている傾向にあるので、そっと手に取って花の中を見てみると雌しべのつけ根の子房の部分に色がついているかどうかで見分けられます。

 他のポイントもあげておきますので、念のためご参考までに。

エンレイソウの見分け方

3種それぞれ咲く時期が微妙にずれている場合もあるので、3種ともいっぺんに見比べたい方は、川湯温泉街にある川湯ビジターセンターで展示されている標本をぜひご覧ください。図鑑も置いてありますし、スタッフが丁寧に教えてくれることでしょう(スタッフの皆さんよろしくお願いしますね)。

オオバナノエンレイソウ
「見て!見て!」と上向きでアピールしてくるのが「オオバナノエンレイソウ」。見つけた時は”目が合う”ような気がします。
ミヤマエンレイソウ
奥ゆかしく(?)うつむいているのが、ミヤマエンレイソウとカワユエンレイソウ。
真ん中の子房の先端に色がついていないので、これは「ミヤマエンレイソウ」。
カワユエンレイソウ
真ん中の子房に色がついている「カワユエンレイソウ」。
「カワユ」も「ミヤマ」も、しゃがんで覗き込むように花を確認することが多いです。
川湯ビジターセンター内にある、エンレイソウ3種の標本。くるくる回して横からも裏からも観察することができます。

エンレイソウを見つけたらここをチェック!

エンレイソウ3種の見分けをマスターした方には、見てほしいポイントがもう一つ。それは根元の本数です。かつてはユリ科に分類されていましたが、ユリの仲間と言えば地下の球根に養分を蓄えることがイメージされやすいと思います。

エンレイソウの仲間も同様に根茎に養分を蓄えます。10年ほどたってようやく花を咲かせるのですが、最初の発芽から1~5年ほどは1枚葉の状態を繰り返し、それ以降は3枚葉の状態です。おそらく咲いているエンレイソウの近くには3枚葉の状態のものも見つかると思います。開花してからは毎年花を咲かせ、植物体としての寿命は20年から30年以上とも言われています。

根元からひょろっと1本生えているものを目にすることが多いと思いますが、これが2本になると、15年以上経ったエンレイソウだと推定されます。まれに3本のものも見つかるので、もしかしたらそのエンレイソウは我々より“先輩”なのかもしれません。

根元から3本出ているので、かなりベテランのオオバナノエンレイソウですね。パイセンお疲れ様です!

多年草の群落があるということは、その土地が自然的にも人為的にも地表が撹拌されることなく、長い年月を経た土地であるという証拠。エンレイソウの花が残るMKTが後世まで続くように、ハイカーさんとともに守っていきたい環境です。

自然の営み感じる春のスルーハイク

特に足もとの花が賑やかな春の季節には、図鑑を片手にゆっくりと観察をしながら森の中を歩いたりするもので、屈斜路湖畔の和琴半島の散策(約2.5㎞)に数時間かけてしまうこともあります。

そんなスローペースな歩き方「スローハイク」と、長い距離を一度に踏破する「スルーハイク」には、どこか相容れない部分があるような気もしているのですが、歩く楽しみは十人十色。じっくり足元を観察しながらのハイキングもいかがでしょうか?意識していないと通り過ぎてしまう自然の営みも感じ取ってもらえれば嬉しい限りです。

エンレイソウの花は大きくて目立つので、初めての方でもきっと見つけやすい花だと思います。ぜひ、あなたのトレイルハイクに彩りを添えられますように!

(参考文献)
・新北海道の花 梅沢俊著 北海道大学出版会
・改訂版 北海道 春の花 絵とき検索表Ⅱ 梅沢俊・村野道子(絵) エコネットワーク
・faura No.9 2005年autumn「特集 摩周・屈斜路」 有限会社ナチュラリー
・fauraNo.31 2011年spring「特集 春の花を見に行く」 有限会社ナチュラリー
・fauraNo.39  2013年spring「特集 野の花・山の花」 有限会社ナチュラリー
・阿寒国立公園のカワユエンレイソウ植生確認調査 細川音治

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Writer

萩原 寛暢(はぎわら ひろのぶ)

1979年、北海道旭川市生まれ。山岳部出身の父親のもと、豊かな自然と父コレクションの地形図に囲まれた生活環境で育つ。自身の意志とは関係なく山に連れていかれた幼少期から、少々山が嫌いになるものの、高校時代の恩師との出会いから地理の教員を志し、大学では地理学を専攻。かつて嫌いになりかけていた山と地図読みの日々を、今度は自主的に行うことになる。

フィールドワーク中心の大学時代「人と自然の接点」について考え、疑問をもつようになる。同時期にある本に出会い「自然のことを通訳して人との接点をつくる=“インタープリター”」という仕事を知る。このことをきっかけに進路を大きく変更することとなる。

大学卒業後、いくつかのガイド会社で経験を積んだ後、国立公園のビジターセンター勤務、旅行会社でのガイド・着地型観光商品開発などを経て、一念発起してフリーランスとして独立。現在はフリーランスでの自然ガイドの他、地域の子ども向けに木育・自然体験活動の企画運営を行う「てしかが自然学校」を運営する。さらに家庭では2女の父として、娘からの塩対応に日々悩みながらも家事に奮闘する主夫でもある。

北海道知事認定 北海道マスターガイド(自然)
北海道知事認定 木育マイスター
弟子屈町議会議員

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